視野は広く持たなきゃねって話

趣味のバンドでかれこれ云年歌っているのですが

なぜこんなに音楽が好きなのかって突き詰めたら

好きというかもはや生活の一部になっていたことに気付いた。

 

というわけでいきなりですが

わたしと音楽にまつわる生い立ち

 

5才~:兄と一緒にピアノを始める。

 

小学3年~小学6年:ピアノに飽きたらしくやめたいと母に相談したところ

なにか部活をやれば辞めてよいと合奏部へ入部しアコーディオンを始める。

(同じ鍵盤じゃないかって突っ込みはなしで)

 

中学3年間:合奏部からの流れで吹奏楽部に入部。

当時はクラリネットを希望していたが、誰もいなかったトロンボーン担当になる。

先輩もいなかったためオリジナル奏法でとりあえず三年間やり過ごす。

引退してからは暇になりアコースティックギターを購入

(いまは実家にあり、母がバンドでギターボーカルをやってるそうな)

 

高校1年~2年:英語科のある吹奏楽の強い高校へ入学。

当時、東京スカパラダイスオーケストラのバンドや

スウィングガールズの映画効果などでブラスバンドに火が付く。

トロンボーンが人気すぎたのでユーフォニウムへ移行

数か月後誰もいなくなりかけたチューバになる。

(どこかで聞いたぞという突っ込みはなしで)

 

高校3年:体調を崩し保健室に通うようになり授業が追い付かなくなったりなんだりで休部を決意。

(治る見込みを考えて退部はしなかった)

当時お付き合いした相手がとんでもないハードコアパンク音楽バカで色々仕込まれる。

 

GREEN DAYから始まり、SUM41、AVRILなどの洋楽から

NICOTINE、KEN YOKOYAMA、SHACHIなど邦楽にも興味を示す。

(そこはメロコアなのね)

ちなみに人生初のライブは

KEN YOKOYAMAのNOT FOOLING ANYONEツアーの仙台ライブ。

 

学科が英語専攻だったこともあり

学祭でクラス内の楽器のできる友人たちとビートルズのコピーバンドを結成。

これが初めてのバンド。

 

短大2年間:短期留学でアメリカのユタ州に行った際

HOT TOPICという音楽ショップに出会う。

そこの店員に勧められ当時人気の出てきてたALL TIME LOWなど

ポップパンク(ぴこぴこした音楽)に嵌りだす。

留学中購入したCDの枚数23枚。(帰りは厳重に機内に持ち込みました←)

その音楽熱は帰国しても冷めず、

アメリカであまった資金(CD以外にお金をかけず)をギターにあてる。

squireテレキャスでAvrilモデルを買いました。

ネックが持ちやすいから使いやすいし、

元々乾いた音が好きだからデザイン以外は気に入ってる。

ちなみにテレキャス使用者で一番好きなギタリストはWilco Johnson。

(2012年の名古屋クアトロライブでは病気宣言前でしたが泣きました。)

 

大学編入3年:短大で勉強したりず編入。

 

ご縁がありまして名古屋の大学へ。

新天地にて友達欲しさに部活に入りたいと思う。

軽音部にひとまず入部することにした。

高校短大と女子校だったので男性しかいない部活環境に戸惑いがあったのと、

バンドが組みたくてもすでに出来上がっている環境で正直アウェーだったから、

というのもある。

 

とりあえず編入生なので3年次でありつつも

授業をしこたま受けなければ来年就活できないと、いきなり単位の追い込みに入った。

そんな多忙期で部活もあまり活動できないだろうと半分あきらめて授業を受けていると

いつも一人でいる、もじゃもじゃ髪の男性がいた。

周りには誰も座っていないので近くに座るわたし。

そしてけっこうな確率で履修している授業が被る。

顔見知りになると挨拶するくらいになっていた。

人を覚えるのは得意なわたし、その人のことは心の中でもじゃもじゃさんと命名した。

 

大学生活にも慣れ、名古屋特有のじめっとした暑さに洗礼を受けた頃

 軽音部の新歓ライブに誘われ観に行った。

会場に入り一番最初に目に映った景色は衝撃だった。

薄暗いステージの上に派手なセッティング、

メンバー全員が赤いスーツでさすが派手好きな名古屋だと思ったね。

 

その時、初めてみたバンドがビレッジマンズストアという

歌謡ロックンロールバンドだった。

ボーカルの歌声に心奪われるなんとも熱いバンドだ。

ギターも真っ赤なSGをかき鳴らしながらもじゃもじゃの髪をゆらしt、、

 

授業のもじゃもじゃさんじゃないか!!!!

しかも年上!!!!!5年生て!!!!!!

学内ではおとなしそうな印象だったから、かっこよすぎて絶句した。

 

 そのライブを観てから、もじゃもじゃ先輩とお近づきになれた。

ステージのうえで魅せた先輩の音とパフォーマンスは今も忘れられない。

 そしてもじゃもじゃ先輩に「バンドやりゃーええやん」とシンプルに言われ

 仮入部から入部に切り替える。

そして夏にようやく同年代でメンバーが集まり

70’sを漂わせるパンクバンドThe Nancyでサイドギターをやる。

 

 そうだ、やりゃーいいんだ。

考えが柔軟でシンプルに解決してくださる先輩を尊敬している。

その先輩からはいろんな音楽も教えていただいた。

パンク、ロックンロールからハードロック、

オルタナ、いろんな音楽を知る。

 

もじゃもじゃ先輩の出会いがなかったら、

軽音部に入部してなかったら、

名古屋にきていなかったら、

きっと視野は狭いままだっただろう。

 

ちなみにわたしの卒論のテーマは

「ロックンロールの音楽文化と社会的現象について」

サブカル系のゼミだったから助かったものの、よくそれでちゃんと卒業できたな。。

 

学生編、終わり。

 

社会人編はまた明日書くことにする。

振り返りって、大事だね。楽しいね。

 

今日の音楽

奇妙礼太郎/音楽を止めないで